06



矢を射るような鋭さで、男の拳が、サンドバックに突き刺さる。
男は、一心不乱にサンドバックを叩き続ける。
男はライセンスを持ったプロのボクサーだった。
大量に汗を流し、リズム良く動く。
ステップは小刻みでシャープ、そして無駄がない。

そのボクサーをDEADMANは、ジムの入り口から隠れてそっと見ている。
頭が大きすぎてジムにいる皆から

「何だ、あのキモいの」

と、彼は噂されていた。
不審すぎるくらい彼は目立っていた。
顔の大きさはよりも、その、白さが際立っているからだろう。
幸いなことに、その噂声は、どうやら彼には聞こえてないらしい。

彼は笑顔とも愛想笑いとも取れる表情で考えていた。

__________ボクサーしかも、プロボクサーに殴られるのか・・・

__________幸せ!

ちなみに彼は、先程、シンデレラマンや、ミリオンダラーベイビーを
見たばかりだ。

「こんなチャンス滅多にない。存分に味わなければ」

いつしか彼は、独り言をもらしていた。そして涎も。
大きな口から唇に涎が緩やかに垂れていき、地面に落ちた。
涎は、アスファルトに小さく黒い水滴を作る。

軽く深呼吸し、彼は意を決して、自動ではない横開きのドアを開ける。
立て付けが悪いのか、ドアがガラガラと音を立てた。
ジム内いる数人の視線が一様に注がれる。

「おいおい、入ってきたぜ、何しにきたんだ?」
「アイツ白っ、口でかすぎ」
「うわ、間近でみるとさらにキモっ」

何人かが、怪訝そうに彼を見て、陰口を叩く。
彼が、その言葉に少しだけショックを受たことは秘密だ。

さりげなく平静を装っているが、意気消沈している彼の元に
一人の男が笑顔で近づいてくる。
さっきサンドバックを打っていたあの男だ。

「今日はよろしくお願いします。」

男はグローブをはずし、彼に握手を求める。
テーピングされた手。

__________その手で早く殴ってくれないか・・・

そう思いながら、彼は握手に応じる。

「こちらこそ、よろしくお願いします。えーっと場所は・・・」

「ここでいいですか」

「はい、どちらでも結構ですよ」

男からの依頼は撲殺。
最近は、ずっと負け続けで、精神的にも追い込まれている。
毎日必死に、練習をしているのに。
昨日の試合も負けてしまった、もう、死にたい。
せめて、自分の拳を受けて、死んでみたい。それなら、本望だ。

それが男の注文であり、望みだった。


「じゃ、お願いします。いつでもいいですよー」

緊張のためか、彼は1オクターブ高い声で言う。
男が、グローブをはめようとしたその時

「いや、そのままで、そのままでお願いしますよ。」

恐ろしいくらいの速度で彼は男の腕にしがみつき
哀願するように言った。

「え、でも、拳を痛めるし・・・」

「あなた、死ぬ気だったんですよね。
昨日負けて辛かったって言ってましたよね。
それなら拳の心配なんて必要ないでしょう?
それに、あなたは自分の力を誰かにぶつけたいと思わないんですか?
街で誰かを殴ったりなんかしたらライセンス剥奪ですよ。
あなたに必要なのはきっと自信です。
そうです。そうに違いありません。
それに私は柔らかいので有名です。
どうぞ、どうぞ。騙されたと思って!!!
早く殴ってください!」

また、涎が垂れた。

「はぁ、じゃ」

言うが早いか、男の拳が彼のの顔面を打った。

喜びの瞬間。

打撃音が、ジムの中に響き渡り、彼は顔をしかめた。

__________あれ、痛くない、痛くないよ、

続けざまに男は、彼を殴る、

__________おかしいな。すごく早いのに、痛くない。これ、何のマジック?

男は汗を飛び散らせながら、懸命に彼を殴る。
今までの自分、そして過去、負け続けの試合内容と決別するかのように。
必死で、何度も、何度も。


そんな男を尻目に、彼は、欠伸をかみ殺し

__________あと2時間は、かかるかなぁ。

男の、非弱なパンチを受けながら、そう思っていた。



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