07



暗い闇の中、樹海といわれる深い森の中で、白い影が動いた。

DEADMANは早足で、森の中を進んでいく。
彼の足には蛇が噛んだであろう小さな歯型が4箇所あり、
赤く腫れ、少量の血が流れている。


__________もっと噛んでくれればいいのに。


そんなことを思う彼の後頭部に、実はまだ、蛇が噛み付いているということに、
彼はまだ気づいていない。そのくらい彼は急いでいた。
彼の手には、ドゥ・リーブルといわれる、フランスパンの中で一番太く
大きなパンが握られている。
そのパンは彼が食べたのか、半分以上がなくなっている。
彼は、早足で歩き、右手でドゥ・リーブルをちぎる。



きっかけは一本の電話だった。



「今から、樹海に入って死にます。良かったら代わりにお願いします。」

か細い声で、そう告げられた。その声が彼を急がせる。
彼の頭部のどの部分を額といっていいのかはわからないが、彼の額からは
汗が噴き出し、地面の雑草に落ちた。
道なき道を、彼は急ぐ。微かに香水の香がした。
彼の大きい鼻が、その甘い香りを捉える。


__________こっちだ。・・・多分。


一度首をひねり、彼はその香りめがけ、急ぐ。
急ぎながらも、ドゥ・リーブルをちぎるのは忘れない。

何本かの木々を抜け、ちょうどテントでも張ることができそうな場所に
少女は、座っていた。

「大丈夫ですか?」

少女は口を閉ざしている。自分が電話したとはいえ、描いていた
ヒーロー像とは程遠いからに違いない。

「さぁ、こっちが出口です。」

彼は、少女の手を握り、立たせようとした。

「きゃっ」

少女は驚きの声を上げ、彼の手を振り払うと、自分で立ち上がった。

「じゃあ、ついてきてもらえますか?」

彼は、自分の手を見つめた後、寂しそうな顔でそう言うと
ゆっくりと歩き出した。
そんな彼の後頭部には、まだ蛇が噛み付いている。
少女も1mほどの距離をとり、後ろからついてくる。


「迷わないようにパンをちぎって来きたんですよねー」


能天気な声で、彼は、嬉しそうに話し出した。
彼は得意そうだ。
褒めてもらいたそうだが、少女は何も言わない。
彼は自分が撒いてきたドゥ・リーブルの欠片を拾い、口に運び
いちいちリアクションをとりながら、歩く。

闇の中、二人はずっと歩き続けた。
朝が近いのか、次第に視界も明るくなり始め、迷うことなく
ようやく出口へたどり着いた。

昇ろうとしている朝日を見つめ、少女は静かに、泣いていた。
それは安堵の涙なのか、後悔の涙かはわからない。

彼は手に持っているドゥ・リーブルを食べ始める。
撒いた分も合わせこれで4本目だ。
しばらく待つと、1台のタクシーが、向かってくるのがわかる。
彼は、白い手を上げた。

タクシーの運転手は急にスピードを上げ、目の前を通り過ぎていく。
彼は、ため息を吐き、樹海の入り口に隠れる。

「どうしたんですか?」

赤く目を晴らした少女が、彼に聞いた。

「いや、今度は、君がやってみて」
「あ、はい」

また、しばらくして、別のタクシーが通り、少女が手を上げると
タクシーは止まった。運転手は早朝だというのに、笑顔だ。
少女はタクシーに乗り、一度彼の方を向き、軽く頭を下げた。

彼はこっそりと手を振った。
少女を助けても、依頼はまだ済んでいない。結果は電話で済まそうと決めた。
噛み続けるのに疲れたのか、蛇が落ち、森の中へ消えていった。
そして彼も、寂しそうに、森の中へ消えていった。



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