Short Story…





Short Story No 10
自殺の名所




そびえる高い崖の上に一人の男が立っていた。
理由は簡単で、彼は今から死ぬために、この崖の上に立っている。
崖の下からは、強風が吹いている。
周りに障害物がないせいか、彼の横からも強風が吹き荒れる。

風が、彼の長い髪の毛を撫でた。

彼は迷っていた。
自殺するかどうかを。

遺書は書いた。
その遺書は、自宅の机に置いてある。
靴も並べた。
そういえば、この靴をいつ買ったのかも忘れてしまった。
未練はない。
未練なんてあるはずがない。
恋人もいない。
いたら別の人生を、歩いてたのかもしれない。
友達もいない。
止めてくれるような奴がいたら、彼はきっと幸せだったはず。
したいこともない。
何に対しても興味がないからしょうがない。
やるべきこともない。
それでも、死ぬことには、まだ、躊躇してしまう。

風が、彼の長い髪の毛を撫でた。

死後の世界とは、どんなものだろうか?
神を信じてはいない。
地獄なんてものも、存在しない
彼は、そう思っている。
それでも、自分という存在が消滅してしまうのが怖かった。

彼は、もう一度、崖の下を覗き込んだ。
深い暗闇が、漆黒が、彼を飲み込もうと手招きしている。
闇の暗さにか、崖の高さに恐怖したのか、彼の足が震える。
諤々と震える足を、抑えるため、彼は座った。

風が、彼の長い髪の毛を撫でた。

闇の深さに怯えたのか、あれだけ頑なだった彼の決意がゆらいでいく。
彼は、また悩み始めた。

死ぬか?
生きるか?

答えは出ない。
彼が座ってから、1時間が経過しようとしていた。

「また、別の機会にするか」
力ない独り言を呟き、彼は、立ち上がった。
家に帰るために。

風が、彼の長い髪の毛を撫でた。

立ち上がると同時に、横殴りの突風が彼を襲った。
立ちくらみも重なってか、彼は崖の上から転がり、落ちた。
そして、叩きつけられた。
地面に。

これから何ヶ月かの間に、彼の死体は、発見され、
服の中にあった財布から、彼の身元は判明するだろう。
そして、彼の家の机の上におかれた遺書から、彼が自殺した理由もわかるだろう。

それでも、彼の最後の顛末はわからない。
そして、彼の死が事故だったことに気付く人間はいない。
ここは自殺の名所。
もし、引寄せられ殺されたとしても、文句は言えない。




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