Short Story…





Short Story No 22
コール



暗くなった室内、電灯もつけず、
女がベッドの上で両足を抱え小さく座っている。
その表情は暗く、虚ろで、哀愁すら感じさせる。
物憂げではなく、戸惑いと小さな怒りを押し殺した口元。

「どうして、私が振られなきゃいけないの・・・」

誰に言うわけでもない独り言。
返事は返ってこない。

ずっと泣いていたであろうその瞳は赤く充血し、
瞼は擦りすぎたのか、腫れている。

「どうして、どうしてよ」

女はベッドの上に置かれた二つの枕の一つを、
強く握り締め、投げつける。
力が足りなかったのか、投げる方向が悪かったのか、
枕は壁には届かず、床へと落ちた。

「ねぇ、何が悪かったの?こんなに可愛い女を振るなんてどうかしてる。
言ってくれたよね、あなたが会ってきたどんな女より、料理が上手だって、
性格も優しいって。耳の形が好きだとか、瞳が綺麗だって褒めてくれた。
体も、髪も、褒めてくれたじゃない。なんで別れようなんて……」

独白は続く。言葉は少しづつ小さくなり、声は消えていった。
ただ、唇だけが、かすかに動いている。

女は、ベッドの横のサイドテーブルの上におかれた携帯電話を見つめる。

「寂しくても、浮気なんてしなかったのに」

そっと手を伸ばし、携帯電話を手に取り考える。
リダイヤルボタンを押そうかどうかを。

涙がこぼれる前に、腕で涙をぬぐう。
指先を見つめ、唾を飲み込むと、
リダイヤルのボタンを押した。

電話は繋がることなく、話し中の無機質な電子音が響いた。
着信拒否されていることを、女は知っている。
それでも電話をかけずにはいられなかった。

電源ボタンを押し、壁へと投げつけようとした手を押さえ
サイドテーブルへそっと携帯電話を置いた。
ガラス製のサイドテーブルがカチリと音を鳴らす。

そして、静寂で薄暗い部屋にすすり泣く声だけが聞こえていた。



信号が赤く点灯している。
交差点の前で、男は、信号が変わるのを待っていた。
男はスーツの内ポケットから、携帯電話を取りだした。
ディスプレイを見つめ、男は心底うんざりしたようにため息を吐き、呟く。

「今日だけでこれかよ……」

携帯電話のディスプレイには、着信拒否の履歴と件数が映し出されている。
時刻は一分間隔、件数は1000件を超えていた。

また、携帯が一瞬だけ光る。
設定のお陰で、その電話は繋がることがない。

男は携帯電話の電源を切り、内ポケットに戻すと、
青信号を確認し、ため息を吐きながら歩き出した。




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