Short Story…





Short Story No 24




時刻は午後、昼下がり、眼鏡の男はファミレスの喫煙席で煙草を吸っている。
お世辞にも清潔とは言い難いテーブルの上のメニューを覗き込み、
店員にドリンクを注文する。

彼の目の前の席には子供連れの若い母親が二人座っている。
何歳で子供を生んだのかと思うほど、二人は若かった。
髪の毛を褐色に染め、子供などそこに存在しないかのように放置し、
紫煙を吐き、自分たちのおしゃべりを続ける。
座っている子供は総勢3人。
二人は男の子、一人は女の子。
男の子の一人は襟足を伸ばされ、その部分は脱色されている。
血だか、料理の染みだかが付いた洋服で、舌足らずで懸命に何かを喋っている。
もう一人の男の子は、一目でわかる有名な子供服を着て、
ハンバーグを行儀悪く食べている。
女の子はどっちかの妹だろう。
料理には手をつけず、少し前に発売された
携帯ゲームの虜になっているようだ。

その隣の席にはスーツを着た男。
営業か何かの仕事をサボってここにいるのだろうか、ネクタイは緩められている。
座席に深く腰掛け、携帯電話をメールしながら欠伸をかみ殺している。

その二つ隣の席には、見るからに陰気そうな男が、
一人呆けた顔でニヤニヤと汚い笑みを浮かべたまま、
テーブルの上に置かれたノートパソコンを操っている。

この席からはよく見えないが、その隣には、高校生くらいの女が、
周りの迷惑も気にせず、ひたすらどうでもいいような話を大声で話している。
その声が大きすぎるのか、その声が通るのか、
複数の声は店内を縦横無尽に駆けていく。


「うるせぇな、死ねよ」

先ほど運ばれてきたコーヒーを飲みながら、眼鏡の男は、小さく呟く。

「こっちが黙っていれば、調子にのりやがって、特にガキ。何だよ
猿みてぇな顔しやがって、俺は俺は、ってろくに喋れないなら少しは黙ってろよ。
それにその隣のガキ、どこで買ったんだそのパチモンの服。
見てるだけで苛々してくる。あぁ、もう、面倒くせぇ、お前らなんて、死ねばいいのに」

一人で誰にも聞こえないようにそう呟くと、彼は、若い母親に念を送る。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ・・・
ずっとそう念を送り続けた。
何も変わらないことを知りながら。


ぬるくなったコーヒーを飲みながら、
彼は、追加で注文したランチを待っている。

突然、店内の音が消える。
あれだけ騒がしかった空間が一瞬、静まり返ったかと思うと、
目の前の母親が、子供用のハンバーグナイフを手に掴み、自分の子供と
おぼしき、襟足を伸ばした男の子の目を刺した。
笑いながら、何度も。


声が、出ない。
彼のシャツにも血が、飛び散った。


もう一人の母親が、フォークを手に、子供を刺した。
ブランド服が赤く染まる。
その母親も笑顔だった。

女の子も笑ったまま床に落ちた。
それはとても楽しい遊びであるかのように。
頭には包丁が刺さっている。

隣にはウエイトレスが、ケタケタと歓喜し、
恍惚の表情を浮かべている。


あまりの出来事に、声も出せなかった眼鏡の男だが、
我に返り、勢いよく席を立ち、走って店の出入り口へと急いだ。
途中に一瞬見えた光景は、陰気そうな男が、ノートパソコンを頭上に掲げ、
女子高生の頭に叩きつけているところだった。
眼鏡の男は、出入り口のドアを開ける。
彼の目に勢いよく、光が降り注いだ。
まるで光の洪水のように。

そこで目を覚ました。

喉がカラカラに渇き、背中には大量の汗をかいた跡があった。
ベットもうっすらと湿り気を帯びている。

「すごく、リアルな夢だったな。
驚いたよ、まさか昨日のことを夢で見るなんて」

彼は眼鏡をはめ、TVをつける。
チャンネルはどこも、昨日の不可解な殺人事件のことを報道していた。
彼は嬉しそうに、それを眺め、
汗まみれになったシャツを無造作に洗濯機の中に放り込んだ。




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