Short Story…





Short Story No 44
花粉症



一人の男が不機嫌そうに、街を闊歩している。

出勤中なのか、アイロンのかかってない少しくたびれたスーツで、
気だるそうに歩いている。

毎年この時期になると、そのストレスのせいか、彼の顔は暗くなる。
その顔は少し黄色がかっているように見える。
目の下の深い隈、踵を引きずるように歩く姿が、
彼の睡眠時間の少なさを物語っている。

ただ、それ以上に目を引くのは、鼻と顎まですっぽりと包み込んだ、
アーチ型の大きなマスクだ。
それだけではなく、目にはプラスチック製の、
ゴーグルに似た花粉対策用の眼鏡がかけられている。

スーツの上着のポケットにはハンカチにポケットティッシュ、
鼻腔に吹き付ける、花粉ブロックスプレー、
のど飴やトローチなど、すでにポケットは花粉対策用のもので
嵩張り、大きく膨らんでいる。

毎日毎日、出したくも無い鼻水を垂らし、咳も止まらない。
くしゃみを何度したことだろう。

今年の花粉はかなりひどいみたいだ。
彼もそれを自覚している。

会社に着くと、彼は花粉がついたであろうスーツの埃を手で払い、
眼鏡とマスクをはずし、エレベーターに乗り込む。
朝早いせいか、エレベーターの中に一緒に乗り込む同僚はいない。
エレベーターの中で一人、彼はくしゃみを何度か繰り返し、咳をすると、
慌ててハンカチで、口を覆い咳を繰り返した。
そのハンカチには、大量にではないが、血が付着している。

明日はきっと、もっと多くの血を吐くだろう。
そして、吐血は、花粉のシーズンを過ぎても、ずっと続くだろう。

そして彼は、気がつく。
ようやく、彼は、気がつく。




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