Short Story…





Short Story No 56
放火犯



火を見ると安心する。
きっかけは、なんだったか忘れた。

最近、家の近くで火事があった。
ボヤ程度じゃなく、ほぼ全焼に近い火事。
黒煙が空高く舞い上がり、何台もの消防車が、けたたましくサイレンを鳴らす。
消火活動には1時間以上かかった。
赤々と燃える炎、肌にまとわりつく熱、野次馬の声。
ひそかに興奮を覚える。

放火したのは、僕。
見るだけじゃ、もう満足できなかったから。
何でもよかった。
燃やすことが出来れば。

ただひとつ言い訳をするとしたら、家に火をつける気は無かった。
その家の隣にある、ゴミ収集所のゴミに火をつけただけなんだ。


でもそれが、転機だったのかもしれない。


また、サイレンが聞こえる。
僕の家が、燃えている。
長年住み慣れた家。
赤々と火柱をあげ、燃えている。

今まで育った家だから、悲しいけど、落ち着いている自分がいる。
そして、それ以上に興奮している自分がいる。

何台もの消防車が、僕の家の近くに停まった。
消防士が懸命にホースを伸ばし、僕の家に向かって放水をする。

消えて欲しくなかった。
ずっと、この火を眺めてたかった。
これほど綺麗なものは、この世にあるはずがないから。

大切にしているものなんて、ほとんど無い。
全てが燃えたとしても、大して気にならない。

ただひとつ残念なのは、今まで放火した記念写真が燃えてしまうこと。
それと、自分で火をつけれなかったこと。



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