Short Story…





Short Story No 65
甲高い声



携帯電話が震えた。
メールを作成中だった私は、とっさに通話ボタンを押す。
電話の相手は長年の友人。
即座に、リモコンでテレビの音を小さく調整する。
右耳に甲高く大きな声が響いた。

「ねぇ、今日仕事休みなんでしょ?今から遊びにおいでよ」

最近友人には、愚痴ばかり言っていた。
だからきっと、気晴らしになると思って誘ってくれたのだろう。

「ごめん、今彼氏と一緒なの」
「そうなの?それじゃ、また誘うね」
「ごめんね、わざわざありがと、またね」

ベットの上で漫画を読んでいた彼氏が言う。

「ん?誰?」
「友達」

彼は、私の目に一瞥をくれると、また漫画に目を戻す。

「死んでくれないかな、あの人」

私は、彼に呟く。彼は、漫画に目を向けたまま尋ねた。

「どうした?何かあったの?」
「別に何があったってわけじゃないけど、最近、あの人見るだけでイライラするの」

「仕事関係の人?」
「違うけど、似たようなもんね。よく顔合わせるし」
「ふぅん」

彼は気の無い返事をする
私は、洗面所に向かいながら呟く。


「事故か何かで

死ねばいいんだわ」


9時になり、テレビが新しい番組を映し出した。
コメンテーターが、視聴者に向け、笑顔でなにやら話している。
彼は、ベットから立ちあがると、ネクタイを結ぶ。今日は土曜日だが、彼は仕事。
靴下を履き、玄関に向かう。

「それじゃ行ってくる。今日は遅くなるから」
「いってらっしゃい」

彼を見送り、私は、友人に電話をかける。

「もしもし」
「さっきはごめんね。今、やっと、あの人が出てったの。後で、遊びに行ってもいい?」

友人は、快く承諾してくれた。
友人の甲高く大きな声は底抜けに明るく、その声を聞くだけで、
今まで沈んでいた気分が明るくなった気がする。



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