Short Story…





Short Story No 71
代償



彼女は、鈍感そして、神経質だった。

鈍感だから、相手の気持ちを考えることが出来ない。
誰かしらに、興味をもち、熱を上げたと思えば、すぐに飽きる。
神経質だから、自分の望むもの以外を全て、シャットアウトする。
理想と違うものには厳しく、理由も、弁解も聞かない。

そして、興味を持っていたものは、己の汚点を隠すかのように捨てる。
それが、物であっても、人であっても。

聞きたくないものは、聞かなくていい。
嗅ぎたくないものは、嗅がなくていい。
見たくないものは、見なくていい。
それが、彼女の考えであり、理想とするものだった。

幾ばくかの代償さえ支払えば、
その理想を叶えることは、たやすい。
彼女は、理想を求めた。


彼女は音楽が好きだ。
誰かといる時以外、いつも耳にイヤホン。
彼女の耳には、好きな音楽が流れている。
その音は外に漏れ、周りにシャカシャカと雑音を鳴らす。
彼女は、そのことに気づかない。

彼女は香水が好きだ。
何種類もの香水を化粧棚に揃えている。
ブランド別ではなく、色で並べ、その日の気分で香水を付ける。
その香りは、強く、残り香として彼女の歩く道標になる。
彼女は、そのことに気づかない。

彼女はサングラスが好きだ。
いつだってサングラス。オレンジ、イエロー、ブラウン。
今日付けているのはグレイ。闇を更に深いものに近づける。
そして、闇が、影を隠す。
彼女は、そのことに気づかない。


だから、


彼女には見えない。
その男の存在、そしてその男の手に持ったもの、赤。

彼女は感じない。
悪の香り、狂気を含んだ殺気、薄く漂う血の臭い。

彼女には聞こえない。
その罵声、怒声を露にした声、そして、彼女へと近づく足音が。



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