Short Story…





Short Story No 73
卒業旅行



彼は笑っている。
友人と一緒にいる時はずっと。

つまらない世間話や、自慢話。
それは誇張された話、嘘や欺瞞に満ち溢れた話。
汚い言葉遣いと下品な内容。
面白くもなければ、ためになるわけでもない。
誰とでもできる会話、ただそこに彼がいるから、彼に話すだけだ。

彼は、会話を受け流すことをしない。
当然、討論することも、相手の間違いを指摘することもない。
ただ、笑顔で聞き役にまわる。

頼まれたことはそつなくこなし、不平不満を漏らすこともない。
彼には、長いこと友達がいなかったから、また孤独になるのが怖かった。
だけど、笑顔を浮かべることに疲れ、笑うたびに傷ついていく。

何のために一緒にいるのか、何のために会話に加わるのか、
何のために輪に紛れているのか、何のために……

考えるたびに、彼は疲れ、そして病んだ。

その症状はひどくなる。段々と彼を蝕んでいく。
彼は心療内科に通うようになった。
もう、友達の話を聞くのも辛い。
それでも、何事も無かったかのように、会話には加わる。
笑顔は、少しずつ減っていった。

そんな彼を疎み、彼の友達たちは、彼に対し少しずつ、
距離を置くようになっていった。
彼を誘う機会は減っていき、そしてなくなった。
卒業旅行の話は、彼のいる教室で行われた。
彼抜きで行われた。

彼は、もう笑えない。
電話も、もう鳴らない。

卒業してしばらく経ったある日、久しぶりに電話が鳴った。
両親からだ。
彼の両親は、彼に、卒業したことへの祝辞を述べ、
卒業旅行に行かなくて良かった、あなたの友達には申し訳ないけど、
あなたが無事でよかったと、涙ながらに話した。
彼の友達たちが事故で死んだのをTVで見たのだろう。

「もう、友達じゃないよ。」

彼はそう呟く。
彼の机の中には、数多くの工具。

彼は久しぶりに、笑った。
心から、笑った。



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