Short Story…





Short Story No 141
哀れな死体



その男は、生まれて初めて死体を見た。

慌ててブレーキを踏む。
男はエンジンとライトを点けたまま車から降りると、
倒れている死体に急いで駆け寄る。
見るからに車に撥ねられたであろう死体。
傍には、いくつかのブレーキ痕があった。

死体の顔面には、大きな擦り傷。
特に酷いのは左の頬で、皮膚は削られ赤い肉と脂肪が剥き出し、
少量の砂、削れ損なった皮膚で覆われていた。

男は、死体の首に手を当て脈を確認する。
脈はない。鼓動も。
だが、体はまだ少し温かく、適切な応急処置をすれば、
万に一つだが、助かる可能性もある。

こういう場合、どうすればいいのか男は考える。
心臓マッサージか、救急車か。
それとも警察を呼ぶべきだろうか?
男はすぐに答えをまとめるべく、もう一度死体を見る。

足が不自然に折れ曲がり、眼鏡が割れていた。
そして頭蓋骨も。
黒い血の上には、鴇色の脳漿が地面に垂れていた。

男は吐き気を催し、口を押さえ死体から目を背ける。
そして、もう無理だろうと男は応急処置を諦め、
目を瞑り手を合わせる。

どこかに通報し、事情を話すべきか。
それとも見なかったことにし、この場を去るか。
男はしばらく考え、悩む。

誰だって面倒には巻き込まれたくない。
警察を待つ時間や、事情聴取を受ける時間も惜しい。
男もそう考え、後者を選んだ。

ドアを閉める音が響き、
男の車が遠ざかっていく。
この死体を三番目に発見した男の車が遠ざかっていく。

今までの発見者たちと同じように。



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